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書籍「キャズム」が想像より遥かに良い内容だった件

キャズム Ver.2 増補改訂版 新商品をブレイクさせる「超」マーケティング理論

キャズム。本を読むまでもなく、わりと一般的な用語になっており、ご存知の方も多いのではないかと思います。

 

http://image.itmedia.co.jp/im/articles/0706/01/chasm.gif

via 情報システム用語事典:キャズム(きゃずむ) - ITmedia エンタープライズ

多くのひとが思い浮かべるのが上の図でしょう。

顧客層をイノベーター・アーリーアダプター・アーリーマジョリティ・レイトマジョリティ・ラガードに分けた時の比率と、アーリーアダプターに受け入れられてからアーリーマジョリティに受け入れられるまでにあるギャップのことだよね。キャズムって溝って意味で、そこを渡るのが大変っていう比喩なんだよね。

うん、たしかにこういう区分けって実体験からしても納得できるし、多数派にアピールするためにはマスに向けたマーケティングとか、戦略を転換する必要があるのもイメージつきやすいな。わかりやすいセグメントだね。

と、こんな感じでしょうか。わたしもそんな感じの認識でした。こういう認識だった人は、この本、読んだほうがいいです。そういう話じゃないんです。

 

キャズムを体現する本当の図

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キャズムを体現しているのは上の4元図であると思っています。

縦軸は成熟度を表しています。横軸は2つのカテゴリを表していて、左半分が製品で、右半分が市場です。

ここで成熟度が下から上に洗練される様は一般的な「よくある話」であり、かなりイメージしやすいでしょう。

 

左半分の「製品」カテゴリにおける成熟は、イノベーターに技術をアピールしていたような状態、つまり"今までにない"ことはわかるけどなにに使えるのかはっきりしない(今でいうとブロックチェーン技術とかそういうのですかね)そういう状態から、特定分野におけるユースケースが見つかって、「製品」としてのパッケージングが成熟していく過程です。

ブロックチェーンで言うなら、独自の技術を持つベンダーが、例えばオークションとかコンテンツプロバイダーのようなオンライン事業者の目に止まって、彼らビジョナリー(アーリーアダプター)の厳しい実務要求に応えることによって、"個人間商取引向けパッケージ"が成熟していって、次々と同業他社に採用される事実上のデファクトスタンダード製品になる、というような状態がゴールですね。

 

右半分の「市場」でも同様で、またブロックチェーンで例えると、取引手数料の安さを武器に企業間電子商取引市場に参入した企業が、実利主義者(アーリーアダプター)の支持を得て徐々に市場における信頼を獲得し、ブランドを武器にして保守層(レイトマジョリティ)の利益を獲得する、市場に深く浸透した状態がゴールです。

 

そして、特定分野で圧倒的な機能性をもった「製品」が、巨大な「市場」に参入して地位を獲得するまでの、深い深い溝がキャズムであるわけです。

え?何いってんの?特定市場で成功した素晴らしい製品を足がかりに巨大市場で地盤を作るんでしょ?「個人間商取引を変えた革新的技術を基にした全く新しい商取引パッケージ」みたいな売り文句で。普通の連続的な変化じゃない?と思いました?

いやもう、二回目ですがそう思ってる人こそ、ほんと読んだほうがいいと思います

 

 

キャズムの正体 

一言で言えば、4元図で左と右に分けて書いた「製品」を求める層と、「市場」を求める層は求めるものややりたいことが全く別なのです。

技術を元にした「製品」を求める層の目的は 「革新」で、「市場」での受け入れ度合いを求める層の目的は「改善」なのです。

 

ビジョナリーの目的は、新しい成長領域を作ること。もしくは、変化の速い業界で常に生き残る術を模索すること。実利主義者の目的は成熟した領域で「うまくやっていく」こと。

圧倒的な成功を求めるビジョナリーに対して、リスクを嫌い「程々の改善」を求める実利主義者。ビジョナリーが今までにないやり方で前期の10倍の利益を求めるのに対して、実利主義者が求めるのは年10%くらいの改善が5年続くこと。

ブロックチェーンの例でも、製品を求めていたのは参入障壁が低く競争が激しいオンライン事業者なのに対し、電子商取引領域は多かれ少なかれどの企業も関係しているが本業からは外れた付随事業の"市場"ですね。

 

実利主義者は対象の業務領域が確立していて、メジャーな企業がすでに実務に使っていた実績があって、単純な機能であっても改善効果が明確で、ポシャるリスクが少ないことを望み、機能とか性能とかよりサポートとか補償とかそういうのを求めている人たちです。

その人たちに、「特定の分野で成功を収めた、かゆいところにも手が届く高機能で応用が効くが、使い手に知恵と工夫とカスタマイズを求める新世代の製品」なんていう売り文句は全く響かないどころかマイナスでしかないのです。

だから、キャズムを越えるのなら、そういう人達に向けて「安心感のある製品」に変えていかなければならないのです。

 

 

しかし、実際これはかなり難しいことでしょう。

ベンダーは技術をベースに成長してきて、その技術力と製品力をベースにライバルを圧倒し、一分野のデファクトスタンダードにまでのし上がった成功体験を持つのです。「技術を起点にお客様要求に応えて製品を発展させる」が社是となっているようなベンダーが、もっと平凡でシンプルな機能に傾倒させ、周辺技術やらサポートやらに力を入れて、顧客の安心感のためにライバルと抜きつ抜かれつの程よい市場を作ろうなんて発想になるのはかなり難しいだろうと。

虚業ではなく、実際に過去に輝かしい実績があるからこそなおさら。「製品」から「市場」へ基準をシフトすると同時に、ずっと突き詰めてきた成熟度を「戻す」ことをしなければならない。この難しさがキャズムに落ち込む企業が続出する理由なのです。

 

キャズムを越えたあと

そして、さらに興味深いのは書籍の終章でも触れられている"運良くキャズムを越えたあとの社内の様相"です。

黎明期からの技術者は、技術を基に素晴らしい製品を作り上げて社の礎を築いたという自負があるでしょう。営業だって、ビジョナリーの厳しい要求に応えつつ二人三脚で素晴らしい成果を上げた経験を誇りに思っているのでしょう。

それがキャズムを越えたとたん、技術者は機能拡張や新技術導入よりサポートや漸進的改善等の作業に追われることになり、営業は機能をフル活用して成果をあげることに協力的な「意識高い」客の相手から、不都合が起きたらどう補償するんだとか自分の仕事をもっと楽にさせろとかが第一優先事項の「くだらない」客を相手にしなければならなくなります。

 

仕事の内容が変わることで、やりがいもかなり変わるでしょう。

さらに世間からはつまらない会社になったとの批評を受け、そして成長期にジョインした(黎明期からの社員から見れば)つまらない意識低い系の凡百の社員に囲まれることにもなります。

 

一方、成長期にジョインした社員から見れば、くだらなかろうがつまらなかろうがより多くの利益を支えている自分たちを蔑ろにする黎明期社員への反発が生み出されることでしょう。

理屈から言えばこの対立は避けられない事態であり、せっかくキャズムを越えても社内がガタガタになることは避けられないのではないでしょうか。

 

まとめ

結局キャズムの話というのはマーケティングの話ではなくて、企業経営の話なんです。

特に、ベンチャー企業なんかはキャズムの縁まで到達したタイミングが、重要な分水嶺になるんだろうと思います。

つまり、もっとうまく市場に迎合できる人たちに会社を売っぱらうか、それともIPOして大量に資金を調達して大量に人々を雇い入れて「つまらない」けれども立派で持続的な会社を目指すかの。

そういう意味では起業家をめざすひとにも良書かと思います。

 

わたしは技術者なので、技術が「連続的に」人々に受け入れられるストーリーを漠然と信じていたのですが、この本は事例を交えて一つ一つその「誤解」を解いていってくれました。事例はアメリカのものでありますが、3Dプリンタやクラウドなど昨今の流行りにあわせてアップデートされており、BtoBビジネスに造詣がないわたしでも、よくわからない記述は少なかったように思います。

そんなわけで、とても思慮深い本なのでおすすめですというお話でした。

 

おさらい 

そしてここで最初の図をもう一度見てみましょう。 

http://image.itmedia.co.jp/im/articles/0706/01/chasm.gif

via 情報システム用語事典:キャズム(きゃずむ) - ITmedia エンタープライズ

これはつまり、キャズムの左と右で大きさが違うのは、世の中は(少なくともビジネスの分野においては)リスクをかけた「革新」より「安定」を求める人が圧倒的に多いという世の中の常識を表しているように見えます。

キャズムとはそんな世の中の「まあ現状維持でいいや」という思いと、「よりよい技術でもっとずっと世の中を良くしたい」という技術者の思いとのギャップを示しているようにみえるのではないでしょうか。